不動産転売ビジネス

自分が楽しめて、そこそこお金になるビジネス。

ふと思ったのだが、数年ほど前だろうか、「大家」が流行ったことがあった。

普通のサラリーマンでも、可能な大家業。

その方法はというと、相場より格安な収益物件(アパート等)を購入し、自分でそこそこ見栄え良くリフォームして、賃貸に出すというもの。

これのいいところは、資金が少なくても始められることで、年々手持ち物件が増えて、そのうち不労所得で暮らせるようになること。

実際には建物のメンテもあるし、ある程度の数がないとそこまでは達成できないと思うが、面白いと思った。

某ビジネスパートナーのO氏に提案して始めようと思ったのだが、却下されたのであきらめて、あれから数年。

今、書店に行くと同種の本が大量に増えていて、あぁ、もう手遅れかなと思った次第。

これは私見だが、実は二番煎じでも十分行けると思っている。

とはいえ、スピードは大事であるから、マスコミに出始めたら終わりの始まりで、もうその時に瞬時に対抗しないと乗り遅れる。

もう賃貸や新築マイホームは人口減ってるし、たぶん、落ち目だろうなと。

なので、中古のおしゃれな物件なら勝ち目があるのではないかと。

 

オレももっと資金があったら自分で始めるのになあと思ったのだが、でも、昨日も書いたが数百万で買える山の中の物件って、ほしがる人って少ないのかな。

前の家もそうだったけど、新築で建てたときはお金がなかったから手入れが適当で、あまり見栄えが良くなかったけど、さすがに結婚するって事で、庭を造り増築し、ちょっと格好良い車をおいたら、あっという間に豪邸に見えたからね。笑

実は豪邸と呼ばれるほどお金はかかってないんだけど、他人が見てそう思うって事は、買う人もやっぱりそう思ったみたいで、こんな良い家を格安で譲って頂いてありがとうございます、なんて感謝されたからね。

なんだか、転売ビジネスができそうだなって思った瞬間。笑

 

実際問題として、ある程度銀行で資金調達できそうなんだけど、素人が始めるのは怖いかな。

でもさ、山の中のぼろぼろの中古戸建てを数百万で購入して、前の家くらいに綺麗にしたら絶対に倍で売れると思うんだよね。

要はセンスだと思うんだけど、前の家を作ってくれた人はけっこうセンスあったんだよね。

でも、美的センスだけならば、オレの方がセンスあると思うんだよね。笑

とりあえず、宅建でもとろうかな。笑

というわけで、次期ビジネス候補とするか。

人生において目指すところがないのでは!?

さて、再び「プチ田舎暮らし」計画を練っていたのだが、ふと思った。

まあなんだかんだ言っても買ったばっかしなんだし、今の自宅は売らずに残して、また「いすみ市」とかで数百万で買える山の中の土地(しかも戸建て付き)を買うという手もあるかなと。

さすがに、内房の別荘地では数百万で人が住める場所は少ない。

しかし、外房に行けば、そうでもないのだ。

マジな話、数百万で山の中の一軒家が購入できる。(よく考えると、すげえな・・・)

しかし、問題もある。

さすがに、遠い。

車で1時間はかかる。

毎日通うのも大変だし、かといって寝泊まりしてたら田舎に居着いてしまいそうで、嫁を街に残して田舎暮らしというのもマズイだろう。

 

で、今日もまた、年度末までに終わらせないと行けない仕事の合間に色々考えてみて、そして、ふと思った。

どうも、ここ数年、自分にとって「大きな目標」と呼べるものがなかったのである。

 

ここ10年で一番の大きな夢であり目標は、田舎暮らしであって、それを超えるものはなかったなあと。。。

都内の会社とコラボして活動し、会社を大きくするってのも、ある意味、大きな目標ではあったが、そこから先の目標というものがなかった。

しかも、単に会社を大きくしたい、なんていう目標は、あまりに単純すぎて、もっと具体的な数値目標や、詳細なビジョンを持たなければ会社は大きくならない。

さらに、会社が大きくなると(人が増えると)、なにかと面倒なことが増える。(とくに人間関係だね。。。)

会社を大きくするという目標よりも自分的には、自分が楽しいと思うことをやり続けるという基本方針があるので、それを考えると躊躇してしまう。

どういったポジションが自分にとってベストなのか、それを考えると、会社が大きくなったところで何か楽しいことがあるのか?と。。。

(まあ、収入が増えて今までできなかったことがでいるようになる、という楽しさもあるのだろうが、そもそも、会社はそうそう簡単に大きくできないからね。簡単に言ってるけど。苦笑)

というわけで、自分にとって、田舎暮らし以降は、これといった大きな目標がなかったのだ。

 

「自分の店を持ちたい」、または、「新たなビジネスの発掘」というのは、それは確かに目標であったのだが、あまりに具体性に欠けており、じゃあ、何をすればよのか?というのが全く見えていなかったのだ

そして、具体的に見えてきたことを始めようと思っても、よく考えると、それほど面白くないというか。。。苦笑

「自分の店」なんか、まさにイメージ先行で、例えば「おしゃれなカフェ」とか、憧れるよね。

でも、カフェって何やるの?コーヒー入れるの?ネスプレッソでいいじゃん、アルバイト雇うの、山の中のカフェでバイト来ないよね、軽食作るの?目玉焼きくらいしかできないし、料理の練習?したくないよね。苦笑

「総論賛成各論反対」という言葉があるが、これほど色んな物事に当てはまる真理に近いフレーズはなく、ふわっと考えると面白そうなのだが、具体的なプランを細かくつめてみると、それほど面白そうでもないというこのやりきれな思い。。。

結局、おれは何がしたいんだ、という基本的な問いかけを自分にし始めたら、自分の店も、それもイメージだけだよね。

だったら、カフェみたいな作りの家に住めばいい。

まあ、それを言うと何でもそうなんだが、なにか面白いなあと思ってやっていることを、ふと客観的かつ俯瞰的に見てみると、「だからなに?」的な感情がおそってくるわけである。

 

この、「だからなに?」という自分への問いかけは、それをしたことで何を得たか?という思考が働くから出てきているのかも知れない。

なにもないけど、その時が楽しいならいいじゃないか、という事が本質であり重要なんだと思う。

とすると、やっぱり、今の家は心がときめかないんだよね。苦笑

田舎で緑の中でボーッとしていた方が、意味も無く安心するし、この広い空間をどういじってやろうかとわくわく感が出てくる。

その意味で、今の家は完成しすぎていたのかも知れない。

車で言えばフル装備だし、不便なものは何もない、しかもデザイン的にもそんなに悪くない。

ただ、田舎よりも狭いし緑が少ないし、プライベート空間が少ないのは、おれにとっては大きいんだよね。。。

仕事に集中するためという目的は達成したけど、田舎暮らしの要素を完全になくしちゃったのはまずかったよね。。。

 

でも、なんだろうね、かといって、再び田舎暮らしをすることが大きな目標なのかと言ったら、そうでもないんだよね。

「田舎暮らし」程度では、やっぱり、よーく考えてみると、「だからなに?」という感覚がぬぐい去れない。

やっぱり大きな目標が必要なんだよね。。。

そりゃーそうだろう、緑に囲まれた田舎暮らしをわざわざ捨てて街に出てきたのだから、田舎暮らしはもうある程度楽しんだという実体験からくる思い出が残っているのだから、それほどインパクトはないよね。

ただ、次は、またさらに発展系の田舎暮らしをすることも可能だ。

あのねのねの清水ナントカいう人が、田舎暮らしからさらに発展して離島を購入したように、さらに上(?)を目指すこともできる。

しかし、自分はそこまでいかないんだよね。。。

だって、不便なのイヤだもん。爆

それを考えると、田舎暮らしは現状維持レベルでいいんだよね。

家をもう一度、作り直す計画は、まあ、うまくいくかどうかわからないけど、ぼちぼち進めることにして、やぱりなにか大きなものを目指さないとな。

やっぱり、なにか人生の目標と呼べるようなものがほしいところ。

 

あれもしたい、これもしたい、でも具体的にみていくと、あれもこれも、さほど面白くなかったりする。

あれこれ探して、でも結局、プログラムを作っているという自分がいる。

だから、ITが一番向いているのかと言われると、それもどうかなとも思うし、面白いかどかで言えば、そんなもん、ガーデニングや読書してた方が面白いに決まっている!!苦笑

 

仕事をしつつも、趣味も楽しくやるってのが理想なんだろうけど、趣味は趣味なんだよね。

田舎暮らしって、趣味の範疇だよね。

田舎で自然の中で暮らすこと自体が「趣味」だったと考えれば、やっぱり、一番手軽で効果のある趣味だったような気もする。

 

なので、仕事と直結するような大きな目標を立ててみようかなと思う。

今までのような「自分の店」とか、そういうぼんやりしたものではなく、もっと自分が興奮できて、具体的な方法がイメージできて、その結果、趣味も充実できて、という流れがベストだよな。

うん、それがいい。

 

もっとシンプルに生きてみようかな

さて、「田舎暮らし」からはじまった「夢実現したい」コーナーだけど、ここ数年はどうも実現度がイマイチ。

「自分のお店を持ちたい」ってのも、店というか事務所チックな家(自宅兼事務所)を新築で建ててみたけど、当たり前だけど、今までと何も変わらない日々。

学習塾とか、パン屋、ケーキ屋、コンビニなどなど、いろいろ考えたけど、まだはじまってもない商売のために大金を掛けて店舗兼自宅にするのもリスキーなのでとりあえず、SOHO事務所的にはしたけれども。

いやー、今までと変わらないね。

忙しすぎる日々が続くだけです。苦笑

いや、それも別に悪くないんだけどね。

仕事とは、「働く」こと、つまり「傍が楽」になるということで、何よりも尊いことである。

と思いながら日々頑張っているのだが、やっぱり、どこかで息抜きがないと、ちょっと息が詰まってくる。

仕事に生きようと思って、そして、自分の店がほしい、事務所らしい事務所にしたいということで引っ越して新築(しかもやたら高い積水ハウスで)家を建てたものの、なんとなく窮屈な日々。

そりゃー350坪の田舎から50坪しかない(けど地価は10倍以上…)地域に引っ越してきて狭い中で暮らしていれば窮屈だろう。

でも、街っていっても、それほど街でもないんだよね。

若いときに一人暮らしでJR西船橋とかJR松戸付近に住んでた時よりも不便度はめちゃくちゃ高い。

それを考えるとやっぱり微妙。

かといって、もう一人じゃないから都内で暮らすこともできないし、田舎暮らしに戻ることもできない。

というわけで、街だけど少しだけ田舎、みたいなところを探している。(妻も渋々OKしてくれたし。。。)

もしも、この我儘な願いが叶えば、またブログを書いたり、色んな場所に旅行に行ったり、歴史の研究したり、そんなことをしたいなあ。。。

人の命などというものは短いんだから、やりたいこと、心からの欲求、それをやらなければだめだなと。。

 

父親が倒れて、死の淵にいるのであるが、人の命って儚いなあと思ったよ。

オレとか家族のために父親は自分の人生を犠牲にしたことはなかったのだろうかと考えると、とても心が痛む。

もう、そんなことも聞けなくなったからだ。

何を聞いても何の答も返ってこないのだ。

実家にある大量の歴史書、父親のものなのだが、それを持ってくるスペースもないんだよなあ。。。

ここに引っ越す際に、どれだけの本を処分したか。

あまり裕福でない我が家でも、本だけは父親に頼めばどんな本でも買ってくれた。

いやもう本は命なのです。

その本を大量にブックオフに持って行ったんだけど、けっこう喪失感があったなあ。

本以外は別に捨てても何とも思わないんだけど、本は重みが少し違うんだよな。

 

自然と本に囲まれて、好きなときに働いて、という生き方をしていた時はよかった。

仕事をがんばって、いい家に住んで、いい車に乗って、いいものを食べて、という生き方もまたそれも良かった。

でも、一通り経験すると、やっぱり、自分が本当は何をしたかったのかというものが見えてくる。

忙しすぎて何も見えてこない経験も必要。

暇すぎて自由すぎて退屈な経験も必要。

両方を経験するから、統合された新たな目標が見えてくるんだろうと思う。

結局、「心の余裕」は必要だということがわかった。

すべては「心」が決めているのだと思った。

 

田舎暮らしを始めてから、「~したい」と思ったことが、見事に実現していた。

それは何よりも心に余裕があったからだと思う。

そうなる環境を自分で作り出したのだから当たり前と言えば当たり前だ。

自分が自分らしく生きるには自分をそういう環境に置かなければ駄目だ。

敢えてアウェーで頑張ろうというのは、スポーツじゃああるまいし、意味の無いこと。

 

結婚すると、当たり前だが、妻に喜んでほしいと思う。

それは誰でもそうだろう。

学生時代は、親に喜んでもらいたいと思った。

それも当たり前だろう。

しかし、自分の場合、「親の期待に応えたい」という思いが逆に働いて、失敗してきた。

大学もそう、仕事もそう、結婚もそう、なにもかもすべてそうだった。

親に喜んでもらいたいと思ったのに、結果、親を泣かせてしまったこともあった。

 

そう、そうなのだ、また同じ事を繰り返しているのではないかと思ったのだ。

周りの期待に応えようと思って、地域のコミュニティにも参加し始めたし、妻に喜んでもらいたいと思って家や車など少しだけリッチな生活を始めた。

しかし、それは当たり前だが、自分のやりたいことではない。

もちろん、地域のコミュニティも勉強になったし、いわゆるセレブ的な生活も良いものだと思った。

それで近所の仲良くしてくれるオバチャンたちが喜ぶならそれで良かったし、亭主関白な自分なので言葉では伝えられないけど、それで妻が喜んでくれれば、それはもう最高に嬉しかった。

しかし、自分にとっては、歴史や自分の興味のあることの研究をしたり、ガーデニングやプログラム等などの物作りに比べれば、大したものではなかった。

他人が喜ぶ顔というのは、そういう直接的で物質的なものだけではないのだが、そういう安易な方法に頼ってしまった自分も悪かったと思う。

やっぱり、「自分が自分らしく生きている姿」を見せるのが、「本当に自分のことを考えてくれる人」にとっては喜びだと思うのだ。

なぜなら、自分がそう思うからだ。。。

 

どっちにしても、そういう自分らしく生きるということをもう一度見直してみたくなった。

シンプルに、心に余裕を持って、何が一番大切なのか、今何を一番するべきなのか、ということを、周りや世の中、いや地球全体を俯瞰しながら、生きていきたいと思う。

 

某人が言っていたな、「最も悟った人の人生は、単なる田舎の郵便配達員であったり、意外なほど普通な人生で、ただ彼らは自分の人生を深く味わうためだけに生きるのだ」、と。。。

確かにそう思うよ。。。