今年は大阪・奈良あたりかな

昨年の出雲はけっこう楽しかった。

おかげさまで、出雲が災害に見舞われることも無く、嫌なジンクスも崩壊したのであった。笑

 

で、今年は、奈良に行きたいなと。

奈良は修学旅行も入れれば4~5回くらいは行っている。

でも、直近の嫁と行った時の旅行で、奈良の古墳や史跡、神社をじっくりと回った時に、妙な雰囲気にやられてしまった。

ほのぼのしているけど、なんだか神秘的な、なんとなくだが他にはない独特の雰囲気のある場所だ。

あと、邪馬台国は九州説と畿内説とあるが、九州から畿内へ遷都したという説も最近興味が湧いてきたので、もう一度リサーチに行く価値があるなと。

リサーチとかいっても、まあ「ぶらぶら」するだけであるが(笑)、そういった、雰囲気を感じることが、案外インスピレーションにつながるのである。

 

まあ、もしも行くとすれば、いよいよ嫁がつまらなそうな顔をしそうなので、USJのハリーポッターもいれておかないとな。

ネズミーとちがって、金出せば、すぐにアトラクション乗れるそうで。

さすが大阪。。。

丹波王国の謎

さて、先日にブログで帰省の後に「天橋立」「籠神社」に行ってみようかどうか検討中と書いたが、結局行くことになった。

一般の人ならば「天橋立」に興味を惹かれると思うが、個人的には元伊勢「籠神社」そしてその奥宮である「真名井神社」がメインである。

そして、その背景には「丹波王国」がある。

丹波王国ってのは本当に実在したかは定かではなく諸説があるようである。

個人的には出雲と並んで王国が存在したのではないかと思っている。

 

さて、まずは元伊勢「籠神社」だ。

さすがに丹後の国の一の宮だけあって綺麗に整備されている。

籠神社の参道

籠神社の参道

以下の由緒からもわかるように、元伊勢つまり、過去に伊勢神宮があった場所(天照大神の本体があった場所)である。

籠神社の由緒

籠神社の由緒

お盆にしては空いてるのかな?

籠神社の鳥居

籠神社の鳥居

籠神社(真名井神社)は別名を「匏宮(よさのみや)」または「与佐宮」という。

与佐宮は別名というか元々の名前だと思うのだが、そもそもこの辺りの地名が与謝野である。

ついでに、あの俳人?だっけ?の与謝野鉄幹の実家らしく、与謝野晶子の歌碑?があったり縁が深い。

籠神社

籠神社

拝殿の前には謎の宮司が佇む。

もしかして、あの有名な海部氏の祖先の方だろうか!?

海部氏というのは、元の祖先は「天火明命」で、それを示した海部氏系図は国宝指定されている。

籠神社(左は宮司の海部氏か?)

籠神社(左は宮司の海部氏か?)

裏から神社を出ると「倭宿禰命」の像がある。

これは、上述の天火明命の子孫で、神武が大和を制覇した時に大いに貢献した人物とされる。

籠神社 倭宿禰命

籠神社 倭宿禰命

その貢献を認められて、「海部」という姓を頂いたようである。

ただ、これは神武側の解釈であり、実際には今まで王だったのに、神武に屈服したという意味にも取れる。

籠神社 倭宿禰命

籠神社 倭宿禰命

籠神社の案内看板には奥宮の真名井神社の案内もある。

豊受の真名井神社は奥宮にあたるので当然、この地域では天照大神よりも豊受大神のほうが各上扱いなのである。(たぶん)

籠神社 案内看板

籠神社 案内看板

次はいよいよ待望のの奥宮「真名井神社」である。

こちらは、籠神社から400m程度離れた場所にある。

真名井神社 鳥居

真名井神社 鳥居

山道を登っていく。

真名井神社 参道

真名井神社 参道

やっと入り口が見えてきた。

夏は暑いし疲れるな、こりゃ。

真名井神社 参道

真名井神社 参道

石碑には際神の豊受大神の名と、別名の一覧が並ぶ。

真名井神社 石碑

真名井神社 石碑

由緒はなんだか読めないし。

訳してくれよ。

真名井神社 由緒

真名井神社 由緒

拝殿なのか本殿なのか、こちらが真名井神社の本体。

真名井神社 拝殿

真名井神社 拝殿

塩土老翁の裏山がご神体なので、やっぱりさっきのは拝殿なのだろう。

真名井神社 塩土老翁

真名井神社 塩土老翁

ただし、拝殿の裏には天ノ御中主が祭られている。

なんだか、あれこれ一緒に祭られていて、ちょっと不思議な配置だな。

ちなみに天ノ御中主ってのは宇宙を作った神、的なすごい人。人?いや、神。

真名井神社 天ノ御中主

真名井神社 天ノ御中主

というわけで、籠神社と真名井神社、現代でいうところの伊勢神宮の内宮と外宮と同じ関係である。

内宮に天照大神、外宮に豊受大神、豊受大神は食べ物の神とされているが、そもそも丹波に鎮座していたということで納得がいった。

丹波は古来「田庭(タニハ)」と呼ばれて、それが音韻化して「タンバ」となった。

田庭というのは広大に田んぼが広がり食料が豊かな土地の意味で、豊受大神はその豊かな丹波の王であったゆえに、食料の神となったのだろう。

最後に余談だが、真名井神社の入り口には「波せき地蔵」というものがある。

波せき地蔵

波せき地蔵

かつて大地震が起きて大津波が来た時に、この地蔵の位置で止まったというものらしい。

確かに天橋立のある土地はリアス式海岸で、何倍にも巨大化してた津波が襲い掛かる危険性の高い地域だ。

しかし、この場所は結構標高も高い。

ていうか、少なくとも「50m」はああるぞ!!

うーん、津波、恐るべし。。。

 

さて、籠神社の裏手には、リフト乗り場がある。

ここから天橋立を見渡すことができる。

天橋立(リフトから)

天橋立(リフトから)

確かに不思議な光景だ。

イザナギがイザナミに会うために天に伸ばしたハシゴが倒れてできたという言い伝えがあるが、神秘的な地形である。

ていうか、危ないし、ハシゴを倒すんじゃねえ、とも思うが。

天橋立

天橋立

有名な「股のぞき」。

股のぞきをしている人を後ろからいると非常に間抜けである。

天橋立(股のぞき)

天橋立(股のぞき)

山に登るにはリフトとケーブルカーがあるのだが、圧倒的にリフトのほうが楽しい。

天橋立(リフトから)

天橋立(リフトから)

さて、再び歴史探索へ。

次は、与謝野町立の古墳公園へ。

このあたりは古墳が非常に多く、出土物も王国があったのではないかと思わせるものがたくさん出ている。

町をあげて「丹波王国」または「丹後王国」とPRしている。

与謝野町 古墳公園はにわ資料館

与謝野町 古墳公園はにわ資料館

ここには、数個の古墳が固まって存在している。

蛭子山古墳

蛭子山古墳

蛭子山古墳

蛭子山古墳

蛭子山古墳 石棺

蛭子山古墳 石棺

作山古墳

作山古墳

これなんか、死体跡みたいでなんか怖いな。

作山古墳 石棺

作山古墳 石棺

以下の図を見てもわかる通り、古墳や史跡が非常に多い。

やはり、古代の日本海側(北九州、出雲、丹波、越、津軽)というのは大陸からの文化流入が確実にあって、それによって豊かな国が作られたようだ。

丹波の史跡

丹波の史跡

年表

年表

撮影OKなので、いくつか展示物も載せておく。

土器 鉄器

土器 鉄器

土器 鉄器

土器 鉄器

首飾り

首飾り

さて、次はちょっと面白い観光地へ。

その名も玄武洞公園。

玄武洞というのは玄武岩でできた洞窟である。

玄武洞公園 案内板

玄武洞公園 案内板

このように、非常に規則正しく結晶化した岩肌が露わになっており、見るからに異様な風景である。

この結晶化した岩を科学用語で摂理と呼ぶ。

玄武洞公園

玄武洞公園

でも、こういった模様の建物あるよね。

玄武洞公園

玄武洞公園

これは火山噴火によって流れ出た溶岩が結晶化してできたらしいのだが、見事に六角形になっている。

これはそのまま飛び石にできる。(ていうか、実際にそういった利用がされていたらしいが)

ちなみに、ここにある玄武岩はすべて天然記念物なので、採取すると罰せられるので注意。

玄武洞公園 玄武岩

玄武洞公園 玄武岩

また、ガイドさんも無料で依頼できる。

色々解説してくれた中で、特に面白かったのは、この玄武洞は磁気が逆転しているという話。

これを見れば一目瞭然!!

玄武洞公園 方角が逆

玄武洞公園 方角が逆

っていうか、どっちが地図上の南北かわからないよね。。。

それはさておき、この玄武洞は150万年前に火山噴火でできたらしく、その頃は地球全体の磁極が南北逆だったらしいのだ。

この原理は解明されていないが、定期的に南北磁極が入れ替わるのはわかっているらしい。

そしてそれは現在も進行中らしいのだが、これってつまりポールシフトだよね。。。

というわけで、まとめてみよう。

伊勢神宮の外宮の神である豊受大神。

その出身地が丹波である。

豊受大神が食べものの神だということから考えても丹波は非常に豊かな土地だったことがわかる。

つまり、そこそこの大国である。

それを裏付けるかのように周辺に散らばる古墳群と、豪華な出土物。

これはもう丹波王国などない、という方が不自然ではないだろうか。

もう少し調査を続けてみたい。

天橋立ってどうなんだろう…

今年のお盆休みは実家に帰って、そのあとに天橋立に行こうと思っているのだが、ガイドブックを買ってきて色々見ていたらなんかこうピンと来るものがなく、やっぱりやめようかと。

なんかこう、何かしようとしたときに、それをシミュレーションして、すごくやる気になる場合と、その逆の場合があるよね。

なんなんだろうね。

まあいいや。

***

さて、なんで天橋立に行こうと思ったかの理由を少々。

天橋立は日本三景の一つというだけでなく、イザナギが天に上るために使っていたハシゴが倒れてできたものだとかいう言い伝えがある。

そのため、一部の人の間では実は宇宙人の(UFOの)着陸基地だったのではないのかというトンデモな説もあったりする。

まあ、それもあって一度は見ておこうかなと。(え? 笑)

ちなみに日本三景といえば松島は行ったんだけど(その後、震災で被害に・・・)、広島の宮島はまだ行ってない。

というよりも、西日本日一人旅の際に、広島の宮島付近でシートベルト未着用で切符を切られた思い出があるのであんまし行きたくない。苦笑

***

ま、それはさておき。。。

天橋立のすぐ近所には、籠神社という「元伊勢」と呼ばれる神社がある。

はるか昔、伊勢神宮(天照大神)は皇居とともにあったらしいのだが、自身とともにあることを畏怖した天皇がそれにふさわしい場所を探そうとしてあちこち伊勢神宮を移転させたらしいのだが、その転移した宮を元伊勢という。

その元伊勢のひとつが籠神社なのである。

また、籠神社(真名井神社)にはもともとは豊受大神が鎮座していたのだが、あとからそこに天照大神がやってきたそうだ。

そして最終的に伊勢に移るのだが、なぜかその後に遅れて豊受大神も伊勢に移ってしまう。

これって、なんでかな??

***

調べてみると、天照が食料の神である豊受を呼び寄せたのは自分だけでは食料を十分に確保することができないからとしている。

または、一人では寂しいから呼び寄せたともある。

なんじゃそりゃ??

ところで、卑弥呼が天照大神で、その宗女(子供?)のトヨが豊受の大神だという説もある。

それからすると、やっぱり親子は一緒に祭っておかないと、ということなのだろうか。。。

ていうか、やっぱり卑弥呼は天照だったのか!?

うーん、面白くなってきたけど、わざわざ行くまでもないかなあ。。。苦笑