アテルイとモレ(やっぱり東北はいいなあ)

先日、NHKでアテルイとモレのドラマがやっていたので前篇・後篇ともに見てしまった。

(この前に東北旅行で行った)奥松島縄文村歴史資料館で流している縄文の生活を紹介する簡易的な映画の中の主人公の名前もアテルイだった気がするが、今回のアテルイとはまったく関係ない。笑

そのアテルイが最後に処刑される時に、田村麻呂は「彼らを生かして蝦夷のまとめ役として利用する事」を朝廷に提案するが、桓武天皇に反対され結局処刑されてしまうのだが、色々調べてみると反対したのは天皇でなく、朝廷の貴族たちのようである。

なんでNHKは「桓武天皇の反対により・・・」という演出にしたのだろうか?

まあ、そんな事はいいとして、アテルイとモレとは蝦夷の英雄である。

蝦夷とは何か?

学校でも習ったと思うが、大和朝廷が東へとその勢力を伸ばす際に、それに抵抗した原住民が蝦夷である。

恐らく、日本の原住民といっても支障ないと思われる。

***

ところで、蝦夷の「夷」の文字は、卑しい意味が含まれているとされる。

元は中国の言葉であるが、東夷、北狄、西戎、南蛮と言って、自国を取り囲む東西南北の敵国を蔑んで呼ぶ言葉、つまり異民族への蔑称であるが、このうちの「東」に当たる「東夷」の「夷」である。(中国から見て日本は東夷である。)

我が「いすみ市」は元々は「夷隅郡」だったわけであるが、この「夷」の文字を嫌ってひらがなで「いすみ」とした。

(なんか歴史を隠ぺいしてるみたいで嫌だな。)

しかし、この「夷」の文字は別の読み方もあり、それは「えびす」である。

えびすといえば、恵比寿様、そしてそれはコトシロヌシを指す。

コトシロヌシはオオクニヌシの子供である。

オオクニヌシ(大国主)は言わずもがな、出雲のボスである。

なぜ、出雲のボスの子供がエビスなのか気になるところだ。

しかし、エビスという言葉を何度か発音してみると、非常に「えみし」に似ていることに気がつく。

「えみし」というのは朝廷から言わせると得体の知れない野蛮な「外国の民族」である。

恵比寿様も釣竿をもっていることからわかるように海の神であり、それは海に囲まれた日本から見れば外国の神であったのだ。

朝廷から見れば異民族である出雲のボス、そして、海の神つまり外国から来た神であった「恵比寿様」が同一視されたのであろう。

とすれば、やはり出雲は日本の原住民の国だったのではないだろうか?

田舎暮らしブログでも書いたが、出雲は夷隅と同じ部族である。

岩熊は「いすみ」の中心!?

つまり、「出雲」 → 「いじみ」 → 「いすみ」 であるが、だからこそ「夷」の文字を使ったのではないだろうか。笑

「言葉が似ているから云々」という理論は一見してバカバカしいようにも思うが、けっこうバカにできないと思う。

アテルイはアクル王であるという説があるのだが、言葉的にも両者は似ている。

アクル王といえばいすみの隣にアビルという地名があるが、その地域はヤマトタケルの伝説もあるので、ますます同一のものではないかと思わせる何かがありそうだ。

「アテルイ」 → 「アクル」 → 「アビル」

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思うに、歴史において「何が事実か?」という問題は時代が進むにつれてどんどん闇に包まれていく。

古墳であるとか、そういう物的証拠が見つかることで新たにわかることもあるとは思うが、歴史は人が伝えていくものであり、その意味で歴史は人々の死とともに失われていく。

例えば、ほんの少し昔、明治時代に遡れば、それだけで新たにわかる歴史的事実もぐんと増えるのではないだろうか。

今の時代から見た古墳時代と、明治時代から見た古墳時代は当たり前だが、明治時代から見た古墳時代の方が新しいからである。

江戸時代なんかに遡ったら、もっと色々なことがわかるのではないか。

なんて、考えてみた・・・。

待望の三内丸山遺跡

待望の三内丸山遺跡に行って来た。

縄文遺跡としては、個人的にNo1ではないかと思う。

三内丸山遺跡エントランス

三内丸山遺跡エントランス

ちなみに、三内丸山遺跡は入場無料。

太っ腹なのか、みんなに見てほしいということなのか、ちょっと感動。

犬を連れていった場合は、バリケンか犬用カート(バギー)に入れておけば、フロントで預かってくれる。

これは模型だが、遺跡の復元跡はそれほど広くないので、半日あれば十分に周れる。

三内丸山遺跡の全体模型

三内丸山遺跡の全体模型

なので無料ガイドについて回れば 、早すぎず、遅すぎず、ちょうどよい時間でまわれる。

(無料ガイドは何分かおきにスタート地点で待っている。)

無料ガイドについて周ろう

無料ガイドについて周ろう

さて、三内丸山遺跡と言えば、見晴らし台だろう。

三内丸山と言えばこれ!

三内丸山と言えばこれ!

この柱の跡を見れば、太さがわかる。

見晴らし台の太い柱の跡

見晴らし台の太い柱の跡

これを見て、一番に連想したのは出雲大社の柱跡だ。

出雲大社は、このレベルの柱を3本束ねて社を立てたのであるから、単純に3倍の高さまで耐えられる構造になっているとすれば、やはり出雲大社はすごい。

この見晴らし台でさえ20mあるのだから、出雲大社が50m近くあったという昔話は、まったくのウソではなかったのだ。

ちなみに、この見晴らし台跡が発見された時に、時の県知事は、「遺跡なんかどうでもいいから当初の予定通り早く野球場を造れや」と言ったらしいが、これはもう万死に値する。

それはさておき、下の写真は、ガイドお勧めのベストショット撮影位置から取った写真。

三内丸山遺跡のベストショットらしい

三内丸山遺跡のベストショットらしい

手前の建物は中に入るとおしゃれな感じのホール。笑

おしゃれな古民家

おしゃれな古民家

これは古民家というか、みんなが集まる集会所だったのではないかと言われているが、うちの部落の集会所よりおしゃれである。

さて、三内丸山遺跡は館内も充実している。

ていうか、もちろん屋外より狭いのだが相対的に館内の方が広いのだ。

怪しいゆるキャラもいたりする。

名前なんだっけ?丸山君だったかな?そんなわけないな。笑

怪しいゆるキャラ

怪しいゆるキャラ

展示物も一般的な縄文遺跡の博物館並みに充実している。

ちなみに、下記下は土偶の写真だが、よくみると全員グレイタイプの宇宙人のような顔をしている。

縄文人は、こんなにアゴが尖ってないだろうと思うのだが・・・。

不思議だ・・・。

宇宙人のような土偶

宇宙人のような土偶

子供が遊びで作ったのではないかと思われるミニチュア土器もあった。

こういうのを見ると当時の生活を想像できるというか、なんとなくリアリティが出てくるね。

子供の遊びの土器?

子供の遊びの土器?

さて、三内丸山遺跡は何がすごいかって言うと、今までの縄文の概念をひっくり返した遺跡であるということだ。

そもそも三内丸山遺跡が発掘される前は縄文時代に農耕はなく狩猟生活オンリーと言われていたが、三内丸山遺跡によって、そうではない事が証明された。

そして、この巨大な集落の跡と、あの6本柱の巨大な建造物。

あれが4000年も前に存在したというのは、すごい発見なのだ。

個人的にすごいなあと思ったのは、「武器」が遺跡から出てこなかっということ。

つまり戦争がなかったらしいのだ。

縄文こそ、世界に誇れる最古の文明であると思うのだが、違うだろうか。

 

しかし、そのような縄文文明がある時、突然なくなったというか、姿を消してしまったらしいのだ。

どうやら突然、寒冷化したらしいのだ。

つまり当時の東北は今のように寒い土地ではなく温暖な気候だったのだ。(海岸線も今より内陸まで及んでいた)

寒冷化の後、人々は南下していったのだろうか。

 

日高を望む地という意味で日高見(今の北上)という地あるが、富士山に対して富士見と名付けるように古来は日高が聖地だったのだろうか。

寒冷化で人々が南下していった時に、昔を懐かしみ、日高を遠く望む地で、その場所を日高見と名付けたのだろうか。

その日高をより間近に望む地としての三内丸山。

そして、遠くを望む見晴らし台。

うーん、縄文ロマンですなあ。

取りあえず初キャンプは成功か!?

というわけで、人生初のキャンプに行ってきた。

2泊する予定だったが、疲れたので1泊で終了。
(他の日はペットの泊まれる宿に・・・。)

ただ、いきなり本番は怖いので、少し練習。

偶然、川沿いにいい感じのキャンプ場を見つけたのでチェックイン。

 

偶然見つけた川沿いのキャンプ場

偶然見つけた川沿いのキャンプ場

 

八幡平だっけかな?どこだか忘れたけど人が少ないキャンプ場だった。

 

だーれもいない!!

だーれもいない!!

 

とりあえず、タープも無事に設置できたが、さすがにテントは面倒くさいのでまあいいかと。

初めてにしてはタープの設置がナイスな感じだったのでテントも簡単だろうという安易な発想がなかったわけではないが。

 

思ったより快適なスクリーンタープの中

思ったより快適なスクリーンタープの中

 

タープの中は思ったより快適だった。

キャンプと言えばヘキサタープとか、屋根だけのタープの方が雰囲気が出るかなと思っていたが、スクリーンタープもかなり良い感じ。

メッシュとはいえ壁に囲まれているという圧迫感を心配していいたが全く心配なし。

むしろ解放感を感じる。

いざとなれば、四方をまくれるのでオープンになるのだが、そんな必要もなかった。

クローズなのにオープンな空間を感じることができた。

そんな不思議な空間だからか、犬も無防備に寝ることができる!?

ダラダラと寝るコロリさん

ダラダラと寝るコロリさん

朝に設置して昼は近くのコンビニで買って来たカップめん。

いや、コンビニと言っても個人経営のわけわからん八百屋のようなコンビニだったのだが、まあ、それも田舎チックでよいかなと。

で、なんだか、やたらに「デカい」カップめんがあったので購入。

キングサイズのカップヌードル(賞味期限切れ)

キングサイズのカップヌードル(賞味期限切れ)

ていうか、賞味期限が切れてたし。。。

食べたけど。。。

あのコンビニめ。。。

ふと空を見たら夕立が近付いている雰囲気。

夕立が近づいてきた!?

夕立が近づいてきた!?

 

案の定、雨が降ってきて撤収。

キャンプは雨が降ると本当にウンザリするね。

んで、次は本番なのだが、やっぱり天気悪かったんだよね。

場所は日高の沙流川キャンプ場。

夏の山間部は午後から夕立が来るから、まあ仕方ないと言えば仕方ないのだが・・・。

で、 なんとかテントは完成。

タープとは違って、かなり難しかった。

なんでかというとかなり部品が多いから。

 

テントの設置完了

テントの設置完了

 

上の写真はタープから撮影したのだが、タープの中も雨だと辛いものがあるね。

雰囲気重視でヘキサタープにしてたら、もっとウンザリしてただろうなあ。

タープでとりあえず炭火でホタテやら平取牛やら焼いて食べて、かなりおいしかったのではあるが、つかれたので早々に就寝。

翌朝も壊れずに無事だったテント

翌朝も壊れずに無事だったテント

 

翌朝はそこそこ晴れたので良かった。

テントも雨漏りもなく、屋根に雨が溜まることもなく、風で飛ばされることもなく無事。

テントとタープ

テントとタープ

 

昨日は写真を取る余裕もなかった。

やっぱ、キャンプは晴れてないとダメだねー。

 

テントとタープ

テントとタープ

 

総括としては、事前にキャンプ入門書である程度勉強しておいて良かったなと。

あとは、キャンプをするなら観光とかと一緒にするのではなく、キャンプオンリーで行った方が良いねということ。

つぎは、2泊くらいしたいな。