蘇我氏と物部氏(いすみ市岬町の戦い?)

さて、当ブログでは度々、岩熊がいすみ市の中心だと主張しているのだが(笑)、あながちウソではなさそうだというのは前回のブログにも書いた通り。

その根拠である、岩熊の法興寺(跡)について、ふと気がついたことがある。

この法興寺という寺名は蘇我の寺として有名な飛鳥寺の古名と同名であったのだ。

寺と言えば仏教、仏教と言えば蘇我氏であるが、奈良時代の瓦が発掘されたということは、まさに蘇我氏の時代の寺ということである。

今も法興寺は旧寺跡のすぐ近くに存在するのであるが、歩いて行ける距離にあるこの寺に、蘇我氏が何らかの形でかかわっていたと考えたら、かなりワクワクしてきた!

しかし、蘇我氏と言えば、歴史の授業では悪者で、渡来人説まである得体の知れない悪者のイメージであるが、実際のところはどうなのか?

 

ところで、いすみには蘇我氏のライバルでもある物部氏が1200年前にいすみに移住してきた時に創建したと言われる玉崎神社がある。

トヨタマヒメ(初代神武天皇の祖母)とウガヤフキアエズ(神武天皇の父)を祭る神社である。

ちなみに、一ノ宮の玉前神社は、祭神がタマヨリヒメ(トヨタマヒメの妹)なので、いすみ市の玉崎神社の方が格が上ということになる。

 

(ただし、ここは、あの「オーラの泉」の江原氏がパワースポットとしてメディアで紹介したという、「いわく」が付いているので要注意。笑)

 

さて、ここがどんな神社かという、外見は普通の小さな神社である。

とはいえ、神社ソング(笑)が本殿からエンドレスで流してあるなど、かなりの企業努力をうかがえる。

(ちなみに、本殿の右奥にある琴平(金刀比羅)神社が、江原氏いわく、かなりのパワースポットだそうだ。)

個人的にはこの狛犬(↓)にとてつもないパワーを感じた。

いすみ市玉前神社の狛犬

いすみ市玉前神社の犬

 

ていうか、これは間違いなく狛犬でなく「犬」だ、敢えて言うなら柴犬、うちのコロリさんに似ている。笑

しかも耳が寝ているので来る者に服従を意味しており、狛犬の意味をなしていない、まさに犬!

うーん、このノホホンとした表情と妙な目ヂカラが圧倒的なパワーを感じる!

 

冗談はさておき、こちらの玉崎神社が物部で、岩熊の法興寺が蘇我。

しかも創建時期はどちらも同年代とくれば、当時のいすみでは蘇我VS物部の戦いが繰り広げられていたのか!?

 

さてさてー、というわけで、どっちの味方に着こうかな~?

個人的には仏教よりも神道のほうが好きなので、物部派!

と、言いたいところなのだが、蘇我氏=仏教しかも歴史上は悪者、だから嫌い!というのもかなり単純な思考回路である。

蘇我馬子と物部守屋のケンカシーンなどは、お互い幼稚でどっちもどっちであるのに、蘇我だけが嫌な奴のイメージが付いたのはなぜ?

ここは少し検証してみよう。

 

(・・・まあ、検証するまでもなく日本書紀や古事記が蘇我氏を恣意的に悪者に仕立てている事は自明である。

歴史は常にその時代の強者によって作られるからである。)

 

それはさておき、蘇我氏の祖はタケノウチノスクネである。

この人は計算上300年以上生きていることになり実在しないのではないかと言われているが、恐らく、タケノウチスクネは個人名ではなく、官職名であったのかもしれない。

それを世襲で受け継いできた一族がいたのかもしれない。

または、記紀を編纂した者たちの歴史改ざんの結果、300歳ということになってしまったのかもしれない。

しかし、いろんなエピソードに具体的な描写でもって登場する人物であるので実在しなかったとは非常に考えにくい。

ではタケノウチノスクネの祖先は誰かというと孝元天皇に行きつく。

つまりは、歴史をさかのぼると蘇我氏は皇室の人間なのである。

 

ちなみにタケノウチスクネは気比神社や宇部神社をはじめ山陰、日本海側の神社に祭られており、出雲とも関連が深かったことがわかる。

タケノウチノスクネの母親は紀国造の家系だったことを考えると、やはり出雲との関連性を否定できない。

また、蘇我は「スガ」や「スサ」と同義であるという説もあり、そこにはスサノオとの縁をも感じさせる。

さらに、千葉県には「蘇我」という街があり、蘇我氏とは切っても切れない縁のある土地である。

しかも蘇我氏は1500年前から千葉におり、いすみに移住してきた物部氏よりも300年も早く千葉にいることになる。

千葉県民である限りは、蘇我氏の悪口は言えないのだ!!笑

 

とはいっても、蘇我氏は国を治めるために仏教を広めてしまったという罪がある。

仏教そのものの教義は決して悪いとは言えないが、それを政治利用したことに大きな罪がある。

恐らく、蘇我氏とは新し物好きの策略家なのだろう。

新し物とは、外国の文化である。(いつの時代にも外国好きっているよね? 小泉のブレーンとか橋下のブレーンとか。)

タケノウチスクネも帰化人を使役して彼らをの文化や知恵を使って政治力を駆使したように蘇我氏もまさにそうだったのだろう。

蘇我氏の場合は仏教が政治に使えると踏んだのだろう。

 

まあ、そんな蘇我氏も藤原(中臣)に潰されてしまうのであるが、記紀にはその藤原の思惑も存分に反映されているはずなので、やはり蘇我だけが悪く書かれるのは何か裏あるのだろう。

体験博物館 千葉県立房総のむら

ちょっと前、嫁が成田の「房総のむら」が「とても楽しい」とのことで行ってきた。

昔、行った事があるのだが、それほど面白いところじゃなかったはずだが。。。

さて、朝けっこう早く出たので、人はまだ少ない。

房総のむら

房総のむら

ここの「そば」がおいしいと有名だったので、昼は村の中のソバ屋で「そば」を食べる。

でも本当は「うなぎ」がおいしいらしいのだが、なんと、こんな朝早く行ったのに、予約がいっぱいで食べれなかった!!

房総のむら 古民家

房総のむら 古民家

 村の中には畑もある。

房総のむらの中にある畑

房総のむらの中にある畑

気になるのは、終始、コスプレをしたヲタの女子が数人、我々に付きまとっていたことだろう。

っていうか、行くとこ行くとこ出てくるので、写真が撮れないじゃん!

下の建物の左下にはヲタ女子が数人ワラワラとゴザを広げてだべってた。

左下にオタクがいます

左下にオタクがいます

 ところで、房総のむらで何が楽しいって、「ものづくり」だった。

実際に、色々なものが作れるので、技術家庭科好き&家庭科のプロの我々にとっては、まさに天国。

下に敷くやーつ

下に敷くやーつ

こんなものまで作れて、しかも、焼いたものを送ってくれるという。

なんというサービス。

さすが税金で運営されているだけのことはある。

それにしても、オレ様の湯呑、うーん、立派だ。

陶芸家になろうかな。

茶を飲むやーつと皿のやーつ

茶を飲むやーつと皿のやーつ

各モノづくりコーナーごとのオバチャン担当者の裁量が強く、いたるところのコーナーでは、オバチャンの個性が発揮されている。

この、注意書き、なんとなく「残念」なことになっているが、まあ、よかろう。

西洋の悪魔の絵でこんなのあるよね

西洋の悪魔の絵でこんなのあるよね

あと、古墳もある。

古代史・縄文好きの自分にとってはたまらない。

房総のむらの古墳

房総のむらの古墳

ハニワーーーーーーー。

えー、我々はー、一致団結してー、えー

えー、我々はー、一致団結してー、えー

01 いすみ市の初日の出

正直言って、昔から初日の出には興味がなく。。。

実家にいる時は、友達と数人で夜中に初詣で巡り」に行って、いろんな神社でお菓子を回収し、その後、初日の出を見に行って、桃電を朝までやってたりしましたが、まあ、今考えれば、よくそんなことをやったなと。

さて、いすみでは、どこから初日の出を見ると一番きれいなのでしょうか?

ていうか、綺麗とかよりも、人があんましいない場所が良いのです。(個人的には。)

で、ここに来ました。

万木城から日の出

万木城から日の出

はい、というわけで、家から一番近い絶景スポットです。(絶景??)

万木城から日の出

万木城から日の出

富士山も見えますよ。

万木城から富士山

万木城から富士山

 

万木城から富士山(ちょっとノイジー)

万木城から富士山(ちょっとノイジー)